ヘルパーの猫村さん

HSP*AC*膠原病*夫アスペルガー*の訪問ヘルパー心の声を呟きます(*˘︶˘*).。.:*♡

共依存から脱却するのだ

⬆️最近イチオシの菓子パン🌟🌟🌟

 超ハイカロリー間違いなし(;・∀・)

 

 

 

 

 

またもや身内の愚痴吐きです

不快(苦手)だったら読まないで下さいね^^;

 

私はこの場所で言葉にして

気持ちを吐き出すことで

心のモヤモヤを整理し

自分自身の問題を客観視する…

ある意味セルフカウンセリングみたいな

そんな感じになっているので

基本、ブログには楽しい事・嬉しい事よりも

重苦しい事を書くことが

断然多いので

無理されずに読者登録、いつでも気軽に

外して下さいね…

 

 

 

 

 

昨日の午後3時前頃

『ノンフィクション』を見ていたら

携帯電話が鳴りました

数年ぶりくらいの妹(12歳年下)からの電話

父親の事での話かなぁ?ってすぐ出ました

開口1番

『迷惑なんだけど…💢』

『あんな人(父親)の為に何もする必要なんか

 ないでしょ!💢』

『野垂れ死んだって関係ないわ!💢』

 

 

妹の中の毒親への怒りと

協力要請をお願いしてきた私への怒り

その両方を当然の如く

ガンガンぶつけまくってきた

 

 

私は妹のサンドバッグじゃない

いい大人が姉妹だという理由だけで

暴走した怒りをブツケてくるのか…

 

 

静かに『はい、解りましたよ…』

それだけ言って電話を一方的に切った

 

 

 

私が32歳の時、母親が58歳で交通事故死

亡くなるまでの長い間

母親は自分のどうする事も出来ないストレスを

私に怒り狂ったように吐き出してきた

私の自尊心をズタボロにするような

破壊力のある罵りの言葉も凄まじかったな…

 

 

 

24歳の時に親との共依存関係から抜け出す為に

実家から遠く離れた同じ県内に移り住んだ

物理的に離れただけでも

自分の人生と向き合う事ができたのは確かだ

 

 

しかし母親の依存は、しつこい電話攻撃で

続いた(母いつもアルコールに溺れた状態)

相手にならないので、電話を切ると

何度でも掛け直してくることを止めない

時間帯は深夜にも及んだ…

あの頃は固定電話だったので

電話の元栓を抜いたりしたが

私に電話が通じないと

私の職場まで電話をしてくる始末…

 

 

この母親は私を

何処まで苦しめたら気が済むのだろう…

この母親から逃れるためには

海外まで逃亡するしかないのか?

そんな絶望的な心境でした…

 

 

しかし実家には歳の離れた妹・弟がいる

何かあったら私が助けに行かなくては…

そんな思いが常にあった

だから私ひとり遥か遠くに逃げる訳にはいかない

結果…母親の精神的虐待が妹弟にも及び

私が妹弟を引き取り数年間

一緒に暮らす事になる…

 

 

 

そんな事が繰り返されたのち

母親の突然の交通事故死…

母親を失った悲しみなんてない

ただ母親の人生が不安と恐れと憎しみに

支配され続けたことが悲しかった…

 

 

母親が亡くなる前日にも

電話で話している

いつもの母親と明らかに違っていた

私にこんな事を言うのだ

 

 

『私ねぇやっと幸せだと思える歳になったんだ

 なぁって思うよぉ〜、友達にも幸せだね!って 

 言われてさぁ〜、ありがとう、ありがとう…』

 

 

これが母親の最後の言葉だ

元旦那が家庭菜園で作った沢山の大根を

うちで食べきれないからって

段ボールで私の実家に送ったのだが

その事が、やけに母親の身に染み嬉しかった

らしい…

 

 

 

話は元に戻るが

私は誰のストレスの捌け口にもならない!

私は私の意思で人生を幸せにしていく!

 

 

姉妹の抱えている問題は

本人達が自身で向き合うべきもの…

憐れみも同情もいらない

 

 

共依存から抜け出すには

依存相手から距離を置く

これが最善の答えだと思っている

 

 

しかし人は亡くなる瞬間まで

変わることができる

そんな姿を私に見せてくれた

母親には感謝している…

 

 

妹たちの心にも、いつの日か平安が訪れる事を

これからは静かに祈っていこう…と思う

 

 

 

私は私の人生に集中するのみ…🌈✨️

『求めよ、さらば与えられん…』🕊️✨️